恂{邦雄 略歴 (短歌朝日2002年11・12月号より補足)

1920年8月7日 滋賀県生
1938年 滋賀県立神崎商業卒業
1941年 呉海軍工廠に徴用
「木槿」入会
1944年 「青樫」同人となる
1947年 「日本歌人」の前川佐美雄に師事
1949年 杉原一司と同人誌「メトード」創刊
1951年 「水葬物語」で歌壇デビュー
1959年 第三歌集「日本人霊歌」にて第三回現代歌人協会賞受賞
1960年 同人誌「極」を岡井隆、寺山修司らと創刊
1985年 歌誌「玲瓏」主宰となる
1987年 第十五歌集「詩歌變」にて第二回詩歌文学館賞受賞
1988年 第十八回銀花薫賞受賞
1989年 近畿大学教授就任
第十六歌集「不變律」にて第二十三回釈超空賞受賞
1990年 紫綬褒章受賞
1992年 第十八歌集「黄金律」にて第三回斉藤茂吉短歌文学賞受賞
1993年 第十九歌集「魔王」にて第十六回現代短歌大賞受賞
1997年 勲四等旭日小綬賞受賞
1998〜2001年 「塚本邦雄全集」全十五巻別巻一刊行(ゆまに書房)
歌集、小節、評論等、著書約300冊
2005年6月9日 呼吸不全のため大阪府守口市の病院にて逝去。享年84歳
遺作「寵歌變」が短歌新聞社より刊行される

※先生のお名前は、正しくは「恂{」ですが、通常、新聞雑誌などでは「塚本」の表記が使用される例が多いようです。

朝日新聞より引用

著者に会いたい

塚本邦雄さん デビュー50年、全集完結
作歌は想像力を鼓舞する

 1巻が600ページを超える全16巻の「塚本邦雄全集」(ゆまに書房)が6月に完結し、11月11日には、大阪市内のホテルで祝賀会が開かれた。生前に「全集」を作ってしまうと、作歌がやんでしまうのでは、という周囲の心配をよそに、うたい続けている。
 「コンスタントに? いえ、自由自在です。テーマがあればいくらでも歌は作れる。1晩に300首できることもあれば、1週間で5首のこともある。まあ、後者の方が楽ですな」と言って、高笑い。
 去年8月、胆管結石と急性肝炎を併発し、入院。死線をさまよい、10キロ以上やせた。今、往時の体重を取り戻し、ふっくらつややかに見える。しかし、博覧強記で鳴らした記憶が混乱することがあり、20年続けた歌会も2月で辞めた。
 昨秋からつけはじめた自筆のノートには数百首の書き付け。結社誌「玲瓏」の9月の巻頭歌はその一部だ。
 「而立、不惑、夢のごとくに過ぎし頃、生温き夏の風物の中」「他人に問はれて七十歳代の末と答ふ あと十年を経(ふ)るとも同一」。長男で作家の青史さんが「やはり、老いや死が歌のテーマになってきているようです」と解説すると、すぐに、横から大きな声が飛んだ。「私は生活短歌は一切作っておりません! 短歌はルポルタージュではない。もっと抽象的で想像力を鼓舞するものです」
 第1歌集『水葬物語』から今年でちょうど半世紀。その歌は古びるところなく、私たちの前にある。「万國旗つくりのねむい饒舌がつなぐ戦争(いくさ)と平和と危機と」。地球規模の「テロ」と「報復」が続く今日、歌の偉大さをたたえるべきか、進歩しない人の営みを嘆くべきか。

短歌朝日より引用

恂{邦雄さん訪問記

短歌朝日編集長・越村隆二

 八月七日は恂{邦雄さんの誕生日です。恂{さんが八十二歳になるこの日、大阪府東大阪市南鴻池町二丁目のご自宅におじゃましました。訪問前、次のような会話が編集部でありました。
 私「誕生日だから手ぶらというわけにもいかないし、先生は何がお好きなんだろう」
 編集部員「甘いものですかね。でも、恂{さんの”いま”は、誰も分からないんですよ」
 私「どんな具合なんだろう。お会いできるのかな?」
 編集部員「ご子息の史さんが窓口です」
 恂{宅は、遠くに生駒山が望める住宅地にありました。私の右手には、いろいろ考えた挙句の「メロン」がぶら下げられていました。
 一階は史さんの仕事場と居間で、ここで撮影の打ち合わせをしましたが、あいさつがすむかすまないかのうちに、史さんが
「おやじを呼びますよ。二階にいますから」
 これには私もびっくりで、
「いいんですか。先生は本当に大丈夫なんですか。ご無理はなさらないで下さいよ」
 しばらくして、恂{さんが、史さんの奥さまの肩を借りながら、階段を降りてきました。廊下のところで、
 私「先生、お元気そうですね」
 恂{「撮影かね。君、ありがとう。頼むよ」
 恂{さんの、特徴のあるあの広い額はつやつやとしていました。口調もしっかりし、体に張りがありました。
 間もなく恂{さんは二階に戻りましたが、私が驚かされたのは、今年七月七日に行われた東京歌会の評を見せられた時です。いっぱい書き込みがあるうえ、ワープロ特有の書体で打たれた「鸛」をきちんと書き直しているなど、精神の集中が少しも鈍っていないのでした。
「恂{先生は健在だ」
 帰りのタクシーの中で、私はそうつぶやいていました。
(短歌朝日2002年11・12月号掲載)

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